1985年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の前身の一つである宇宙開発事業団(NASDA)による委託業務「米国宇宙基地計画予備設計参加」の下に、宇宙食開発ノウハウ蓄積のため「宇宙食勉強会」が発足し、その参加企業としてUmios(当時の大洋漁業)が選定されたのがはじまりでした。
この勉強会が幕を閉じた数年後、本当に宇宙食をつくるチャンスが訪れます。1994年の向井千秋さんの宇宙フライトに際して、1993年10月に読売新聞社とNHKが進めた、NASDA広報イベント「向井千秋さんの宇宙料理コンテスト」において選ばれた、宇宙食の優秀作品を当社が実際に形にすることになり、一般からメニューを募集しました。
その後、さまざまな審査を経て1994年5月に13品目の日本食の宇宙食メニューを決定し、NASAの厳正な検査に合格した後、スペースシャトル「コロンビア号」に初めての宇宙日本食として搭載され、1994年7月、「コロンビア号」では日本人女性初の宇宙飛行士、向井千秋さんはじめ4名の宇宙飛行士による初の日本食パーティーが実現しました。




